従業員の労働時間を、あとで証明できますか?①(労働時間の管理把握義務とは)

一般に、従業員が残業代請求訴訟を提起した場合、労働時間の立証責任(残業代の根拠となる時間外労働の事実を証明する責任)は、従業員にあるとされています。他方で、使用者側が従業員の労働時間について何らかの記録、データを保持している場合、その開示が求められることがよくあります。

そこで、従業員による労働時間の立証資料の提供に協力したくはないという考え方から、あえて従業員の労働時間を把握したり、記録化したりしないほうがよい、という発想を持つ企業がいらっしゃいます。そのような考え方は正しいのでしょうか。

  1. 使用者は労働時間の管理把握義務を負っており、労働時間を記録していない場合、裁判において従業員の時間外労働の主張がそのまま認められるリスクが高まる。
  2. 会社が労働時間を記録する場合には、従業員の労働実態にあわせて正確に労働時間を記録するシステムを構築するべきである。

平成30年5月現在、労働時間の管理把握義務について、明確に規定した法律はありません(今後法制化の予定)。

もっとも、使用者が、従業員の労働時間を管理し、把握する義務(労働時間の管理把握義務)を負っていることは厚生労働省の通達に明記されています。平成29年の厚労省ガイドラインでは、「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置」に労働時間管理の在り方についての厚労省としての考え方が示されています。

一方、裁判実務においても、使用者に労働時間の管理把握義務があることを明示し、また管理把握義務の存在が前提とされている裁判例が数多くあり、労働時間の管理把握義務という概念は、実務上は確立された考え方といってよいでしょう。

そして、使用者が労働時間の管理把握義務を十分に果たしていない場合、裁判においては従業員の主張するとおりの労働時間が認定されるリスクが高まります(典型例として、東京地裁判決平成23年9月9日)。

すなわち、労働時間の管理把握をしていないこと自体、実際の労働時間よりも多く労働したことを前提として賃金の支払いを命じられるリスク要因になるということです。

そのため、労働時間の管理把握をしないことは大きな企業リスクであり、むしろ使用者が労働時間の管理把握を適切に行い、記録化しておくことは、不当に高額な未払残業代訴訟に対する防衛策として極めて重要です。

もっとも、労働時間を記録化するシステムは一応あるものの、その運用が形骸化してしまい実際の労働時間を正確に記録していないというケースは多くみられます。労働時間の管理は、労働実態に即して正確になされるべきであり、正確な労働時間の管理把握が企業における思わぬ金銭リスクを防止することとなります。